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『見えぬ想い、透明な刃』
これは、“アタシ”――、加藤 彩音が大嫌いだったお姉ちゃんがまだこの世界にいた頃のお話。
その頃のアタシはちょうど高校受験を控えていた時期で、学校説明会に足を運ぶ日々だった。
第一志望はN高。お姉ちゃんが通っている大学の付属校だ。
志望動機? そんなの簡単、お姉ちゃんが通っているから。ただそれだけ。
それに、高校にしては珍しく寮があって、うるさい親元を離れられると思ったし。
ま、高校の選択とかそんなモンでしょ。制服が可愛いだとか、校舎が綺麗だとか。
頭の出来が悪いアタシみたいなのはそれで十分。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……とまあ、そんな話はどうでもいいのだ。話を進めるとしよう。
『――お姉ちゃん、明日N高の説明会終わったら遊んでよ? そのまま帰るのとか電車代勿体ないしい』
始まりはそう、お姉ちゃんへ送ったそのメッセージから。
まさかあんなことになるとは予想だにしなかった――。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「えっ、お姉ちゃん、彼氏いたの!?」
ぶらぶらとエキナカを二人で散策していた途中。
なんと、アタシの姉はぽろりと「彼氏いますよ的な発言」をしたのだった。本当にぽろりと、無自覚に。
寝耳に水、ってこういう時に使うんだろうね。あのお姉ちゃんに彼氏ができるとは思わなかったわ。
で、写真を見せてもらったらなかなかのイケメンでこれまた驚き。
なんてゆーか、落ち着いた雰囲気の好青年っていうの? なるほど、お姉ちゃんはこんなのがタイプか。
「つか、どこまで進んじゃってるワケ? もうエッチとかした?」
「えええええええっ……!」
「あ、したんだ?」
「だっ、駄目だよ彩音ちゃん、女の子がそういうこと言っちゃ〜……!」
アタシが言うのもなんだけど、お姉ちゃんてばあざとい。これが天然だから大したものである。
男ってこういったの好きなんだろうなあ。清楚で思わず守りたくなっちゃう系っていうか……、ま、性格アレだけど。
………………。
まさか、悪い男に捕まってたりしないよね。
「つ、付き合いとか〜、どれだけ?」
「えっと……、今年で4年目に入るよ」
「ふうん」
そんなに付き合ってるのか。
……あ、やばい、なんだかめちゃくちゃ心配になってきた。
「あ〜、あーちゃんすっごい気になるっていうか〜、せっかくだし会えたり……、しない?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
お姉ちゃんはアタシに言われるがままに、"あの人"に会わせてくれた。
あの人のお部屋にあがって、夕食を一緒にした。
――と、まあ、会った時のことはバッサリ省略。だって、アタシ、あの人嫌いだし。
でも、お姉ちゃんのあんな笑顔、初めて見たなあ。
危なっかしい姉だからちょっと心配もしたけれど、そんなのすぐに吹き飛んだ。
だって、あんな風に気を許せるほど……、なんだもんね。
やさしい人なんだな、ってアタシにも分かったよ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日の夜はお姉ちゃんの家に泊まった。
眠くなるまで……、色々と話をした。
「彩音ちゃんはえらいね、ちゃんと進路のこと考えてるんだね」
「やだなあ、お姉ちゃんと同じ大学行きたいだけだってば。それで、お姉ちゃんの方はどうなの?」
「わ、私はまだちょっと……」
「あ〜、うん、そっかあ_。つか、お姉ちゃん、うち戻ってこないの?」
「そうだね、帰らないでこっちで就職するつもり」
「彼氏にも会いやすいしね〜?」
「う、うん、なるべく離れたくない、かな。短時間でお家に行ける距離がいい……」
あーあ、お熱いことで。ごちそうさまです。
「京くんすごいんだよ〜。引越しとか色々面倒だから、って今の家から通える会社に就職しちゃって」
「そりゃあ、お姉ちゃんみたいな彼女がいたら離れないようにするでしょ」
「そ、そうかな……」
「でも、さ、マジメな話、こっちでの就職が駄目そうなら家戻ってきてもいいんだよ。アタシ、N高受かったら来年から寮だし」
お姉ちゃんの顔をまっすぐ見つめて言った。
知ってる。お姉ちゃんがアタシのことを想って――、家を出る為にわざわざ県外の大学を選んだこと。
……多分、アタシがお姉ちゃんのことを嫌っていることも気づいてる。
本当にそういうところがマジでムカつく。いっつも人に遠慮ばかりしてさ。
つーか、そもそも何の解決策にもならなかったし。そこまでしなくてもよかったものを……。
そんなことをごちゃごちゃと考えつつ、アタシは再び口を開いた。
「特急使えば2時間くらいでこっちに来れるしさ、そういうのでもいいんじゃないの? 大体、女の子なんだからさ、実家暮らしでア ルバイトとかでもいいじゃん」
「うん……、実は京くんもそう言ってくれたんだ。でも、周りの子はみんなちゃんと就職先決めてるし……、せっかくの新卒だから 私も無駄にせず頑張りたいの」
「……あっそう、お姉ちゃんがそう言うならいいけど」
やっぱり嫌いだこの人。何がどうとか言えないけど根本的に合わないんだと思う。
こんなの家族じゃなかったら――。
「ありがとね、彩音ちゃん」
「えっ……」
「彩音ちゃんが私のこと考えてくれてすごく嬉しい。……だから、ありがとう。最近ちょっとへこんでたけど元気出たよ」
「………………」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あの夜、笑って言ってくれたよね。
それなのに……。
そんな風に言ってくれたお姉ちゃんはどこへいってしまったの?
どうして……、こんなことになってしまったの?
――憎むべきは社会? こんな世の中?
でも、そんなのどうにもならない。だって、きっとどこにだって、そんなどうにもならないものがあるんだろうから。
今だから言えるけれど――、勿論、アタシだって助けてあげられればって思ったよ。
けれども……、だって、お姉ちゃんとアタシの間には分厚い壁が出来あがっていて。そんなの今更……。
……どうにもならないよ。
ああ、でも、あの人なら……、と。
あの人なら、お姉ちゃんのこと幸せにしてくれると。
あの人なら、お姉ちゃんのことを任せられると。
信じていたのに。
だって、あなたはとてもやさしい人だって知っているから。
だから……、だからこそ、私は――。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ねえ、あなた。
どうしてあなたは何も言わないの。
どうしてそんなにも――、悲しくなるほどにやさしいの。
心の中に渦巻くままならない気持ち。
全てを言えてしまったらいいのに。
でも、言えない。
言葉は刃となって、彼を――、そして自分自身をも傷つけていく……。
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