平家物語・鵺 解説

作品について:「平家物語」は、あまりにも有名な軍記物語。平家の興亡を物語っている。学問のない武士たちにも、平曲にあわせて歌う琵琶法師によって享受され、彼らの要望によって、内容がますます膨らんでいった。ここでは、源三位入道頼政が、平家打倒の兵を挙げるにあたって、彼のそれまでの功名について語っているところ。挙兵の後、彼は平家に滅ぼされるが、その反乱の火花は、伊豆の頼朝によって受け継がれる。

登場人物:頼政 この段落の主人公。平治の乱で源氏の宗家が滅びた後、都で唯一勢力を保持した源氏の統領。平家専政のもとで不遇で、彼の出世や功名の次第がまず物語られる。

     猪の早太遠江の国の住人、頼政の郎等。彼自身、故郷では一族の首領として領地や部下を持っていたと思われる。当時の武士は、都に保護者を求めるとともに、その見返りとして武力で奉仕した。ここでも、早太は、保護者の頼政のために、自己の武力を提供している。これらの地方武士たちの多くは、当時、やむをえず平氏を統領としてあおいでいたが、関東の武士達は、より自分たちの利益を守ってくれるものとして、頼朝を推戴し、東日本に一種の独立国をつくってしまったのが鎌倉幕府である。

     頼長:左大臣。頼政に褒美を伝達する。このような仕事に左大臣があたったのは、やはり、頼政の名誉であったろう。

     鵺:キメラのような怪物。「ぬえ」の声は、深夜に気味悪く鳴くトラツグミの声であると言われる。最近は、この鳥の声は、よく、UFOの音と間違えられる。

1頼政:源頼政。平安時代末期の武将、歌人。平家に対して反乱を起こした。

 おぼえしは:「し」の連体形は準体法。文節全体が名詞として働く。

2おびえさせ給ふ:「させ」と「給ふ」はともに尊敬なので、近衛の院への最高敬語

 大法、秘法:密教の重要な修法や、秘密の祈祷。

 修せられけれども:密教の僧が護摩を焚いて、祈祷をなさったけれども、ということ。

4覆へば:已然形+ば で、順接確定条件だが、理由(ので)ではなく、きっかけ(・・と)の意味である。覆っても、かならずしもすべての人がおびえるわけではない。

 おびえさせ給ふ:これも尊敬が二重に使われている。会話では、かならずしも最高敬語ではないが(天皇レベル以下の人にも使える)、ここでは最高敬語でよい。

1いかにすべき疑問詞「いかに」を受けて、連体形「べき」で結んでいる。係助詞がなくても、連体形で結ぶ例。

 公卿詮議:高位貴族の会議。

 所詮:「結果として落ち着くところ」という意味だが、詮議(議論)した結果として、ということ。

2源平の兵:源氏と平氏の武士

3先例:堀河天皇の御代に、源義家が弓の弦を鳴らして、天皇の病気を鎮めたこと。

4兵庫頭と申すが「申す」も準体法の連体形で、「と申し上げていた人=頼政」ということ。

 召されて:主語が頼政だから、(尊敬ではなくて)受身の意味となる。

2朝家:朝廷

 置かるるは:「るる」は連体形だが、準体法。

3違勅:朝廷の命令に逆らうこと。

4勅定:朝廷が定めたこと。

1おぼえね:「ね」は上の「こそ」を受けて連体形で結んでいる。

2頼政は・・:ここから武将の出で立ちを詳しくのべるのは、軍記ものがたりの決まったパターン。当時の人たちには、頼政の姿がありありと見えたのである。

 浅葱の狩衣:薄い黄緑色の狩衣。

浅葱(あさぎ)
 

 滋藤の弓:弓の束を藤をぎっしりと巻いた弓。

3とがり矢:鏃がとがった矢。矢にも、等級があって、頼政は郎等より上級のものを用いている。

4黒母衣の矢:鷲や鷹の両翼の下に生えている黒い羽を用いた矢。

 負はせ:「せ」は使役。頼政の命令でしたこと。

1しづまつて:「しづまり」の促音便

2世間:ここではあたりの様子を、ということ。宮殿の一角で待ち伏せているのである。

3例の:副詞で、連体修飾語になる。

1ものならば:「なら」は未然形だから、未然形+ば で順接仮定条件。もし〜という気持ち。失敗したら、武士として宮廷社会にいられなくなる、ということ。

2南無帰命頂礼、八幡大菩薩:弓矢の神、八幡神に祈願をこめる時のことば。

3取つて:「とり」の促音便

 しばしかためて:少しの間ねらいを定めて、ということ。

 ひやうど:平家物語によく使われる、弓を射るときの擬態語(突然という様子)、擬音語(弓の音)。

4ふつつと:「ふっつ」という擬音語。矢が刺さった、または物が切れたときの音。

1どうど:これも物が落ちた時の音。擬音語。

 つつと:これは素早い様子の擬態語。ここらへんは平家物語の表現と特色がよくわかる。

 とつて:「とり」の促音便

 早太・・:主人が戦い、倒した相手のとどめを刺し、さらには首を取るのが郎等の役目であったことがよく分かる。

2火を出だし:紙燭のような携帯用の灯火に火をともして、ということ。

4鵺:このためこの怪物は「ぬえ」と呼ばれるのだが、鳥の名としては、冒頭でのべたように、トラツグミのこと。

1剣:刀とちがい両刃で湾曲していない。この時代はすでに実用的な意味を持たない。

3頼長の左府:左大臣、藤原頼長。

 これを賜はり:頼長がまず天皇から頂いて、それを頼政に与えるのである。

4ほととぎす:ほととぎすは季節を告げる鳥として、平安時代の貴族に非常に珍重された鳥である。その初音を聞くことは、自慢になった。(枕草子を参照)

2ほととぎす雲居に名をやあぐるらん:(そのように頼政は武名を宮中にあげたな)という意味を込めている。

3右の膝をつき、・・弓わきばさみて:芝居がかったしぐさであるが、当時の人はじゅうぶん意識的にポーズを決めて行動したのである。

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1弓張り月のいるにまかせて:(弓を射るのにまかせて、まれで射当てました)という意味。「いる」は「弓を射る」と「月が入る」の掛詞。

2賜はつてぞ出でにける:「ぞ」(係)〜連体形(結び)の強調の構文がよく働いている。ここまでの出来事をまとめて、読み手・聞き手に印象づけている。

4君も臣も・・:武士だから弓矢に長じているのは当然だが、公家なみに、和歌にたけていたことが賞賛された。平家物語は、ほかにも、頼政が和歌の巧みさによって昇進した話が載っている。

 うつほ舟:丸木船の一種。神話に、追放すべき対象をうつほ船に乗せて、流す話がある。

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1とぞ聞こえし:この係結び(強調)も、話の全体を締めくくっている。そのように伝えられている、ということで、中世の人たちは事実として信じたのであろう。