楫取り:紀貫之たちは何艘かの小舟に分乗して船旅をしたと思われる。守である貫之の乗った船の船頭が同時に船団の長だったと思われる。当時の船旅は、陸地の見えるところから離れず、港づたいに船を漕いでいったのであろう。船頭は、天候について完全に安全だと思わなければ、出航しなかった。日和がよいのに、出航しなかったこともあったであろうし、一刻もはやく都に戻りたい貫之は、そうした船頭の慎重さに腹立っている。
昔の人:土佐でなくなった紀貫之の娘。
船なる人:船に残っていた紀貫之の妻。この日記の記者。第1の歌を詠む。
ある人:紀貫之。第2の歌を詠む。
ある女:紀貫之の船団にいた一人の女。国司は一族を引き連れて赴任したので、それに属する女性や召使いの女と思われる。第3の歌を詠む。
1四日:935年2月4日。
楫取り:船頭。船のかじを取って、方向を定めることから。
風雲の気色はなはだ悪し:出航できる天候ではない、このあと海が荒れるだろう、と言っている。
3え計らぬ:副詞「え」+打消で、不可能。
かたゐなりけり:名詞「かたゐ」は乞食、転じてののしりの言葉。過去「けり」は現在のことについて述べているから、詠嘆。
4この泊:大阪府泉南郡箱作付近の港という。
多かり:形容詞「多し」+動詞「あり」からできたカリ活用の形容詞の終止形。
1かかれば:この海岸には、女性や子供の喜びそうなきれいな貝や石がたくさんあって、一行の人々が嬉々として拾っているので。
昔の人:土佐でなくなった紀貫之の娘。
船なる人:船にいる人ということだが、歌の唱和の関係から、紀貫之の妻を指すと見られる。とすると、この日記の筆者でもあることになる。自分を第三者のように表現する例はよく見られるが、べつの考え方ができるかもしれない。
断定「なり」は、場所を表す名詞について、連体形で使われると「存在」の用法になる。子供のいない夫婦は、船から下りずに、人々の様子を見ていたのである。
2打ちも寄せなむ:複合動詞「うちよす」に係助詞「も」がはいりこんでいる。終助詞「なむ」は未然形に接続し、願望を表す。忘れ貝をうち寄せてほしい。
3わが恋ふる人:私が恋い慕う失った子供。
忘れ貝:ハマグリの一種で、これを拾うと、心の悩みを忘れることができると言われた。「忘れ」は、「人(子供)」を「忘れ」る、と、「忘れ貝」の掛詞。
1ある人:紀貫之。
2忘れ貝:あの子を忘れるための忘れ貝なんか。
拾ひしもせじ:動詞「ひろふ」に打消推量「じ」が接続して、打消意志の意味で用いられた(主語が1人称だから)。これに係助詞「も」をつけたため、補助動詞「す」があらわれた(現代語でも、「よむ」+「も」は「よみも する」と言う)。さらに強意の副助詞「し」が加わってできた形。拾うことなんかしないことにしよう。
死んだ娘のことを忘れたいという妻の歌に反発している。父親のほうが娘に対する愛着が深いのが世間の例であろう。
白玉:真珠。娘を例える。「忘れ貝」の縁語。
形見:いない人を思い起こさせる遺品。遺品はなくても、恋しく思う気持ちだけでも、思い出すよすがにしよう、ということ。
4女子:亡くなった女の子のためには。
親幼くなりぬべし:女親も、男親も、子供のように分別をなくしてしまうのだろう。完了「ぬ」は、動作が完了していないから、強意。きっとなくしてしまうのだろう。とくに娘を真珠にたとえた父親にぴったりの評価。本当の筆者、紀貫之が自分自身を客観的に評価している。
1玉ならずもありけむを:名詞「玉」に断定「なり」をつけて述語にした。その打消が「玉ならず」。係助詞「も」をつけたので、補助動詞があらわれて、「玉ならずも あり」。これに過去推量「けむ」がついて、「玉ならずも ありけむ」。さらに接続助詞「を」がついて本文の形ができた。逆接で下につづく文が省略されているので「・・」で示したが、そこまで補って訳すと、「その子は玉などではなかったろうに、親だからそう言うのだ」ということ。
言はむや:疑問の係助詞「や」が文末について疑問文になっている。
2死し子:「死にし子」の縮まった形。
「死し子顔よかりき。」:当時のことわざか。子供を失った親心をいったもの。親はみんなそうなのだから、死んだ娘を玉にたとえても、許してくれという気持ち。
3同じ所:この段の冒頭「この泊(大阪府泉南郡箱作付近の港)」。
ある女:紀貫之の船団にいた一人の女。国司は一族を引き連れて赴任したので、それに属する女性や召使いの女と思われる。
1漬てて:濡らして。
手を漬てて寒さも知らぬ泉:手を浸しても水の冷たさを感じないのは本当の泉とは言えないが、私たちが和泉の国(本州)に着いたというのも名ばかりで、都に帰り着くことができない、という気持ち。
2汲むとはなしに:いつわりの泉では水をくめないのと同じく、この和泉の国でなにもせずにむなしく時を過ごして、という気持ち。
せっかく本州に着いたのに、都に出立できず、この港に無為に日を送るつらさを詠ったもの。都が近づけば近づくほど、早く家に戻りたいという気持ちが高まっていたのであろう。「漬つ」「汲む」は「泉」の縁語。