枕草子22・解説

作品について

  枕草子

 これはその二二段。不調和で興ざめなものを列挙した、類集的章段。

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すさまじきもの:不調和で興ざめなもの、として、以下列挙する。単語、形容する言葉をともなう単語、さらに文による説明と、だんだん複雑なものを述べていく。

 三、四月:古文では月の異名を使うので、やよひ、うづきと読むのだろか、しかし、さん、しがつでもよさそうな気もする。こういうところは、どの本にも説明してない。

 紅梅の衣:表が紅梅で裏が蘇芳色の着物。着用時期は冬・春の祝いのおりで、二月以降は季節外れとされる。

紅梅襲
   
紅     梅
蘇芳(すおう)

 :犬が番犬として働くのは夜。

 網代:冬に氷魚(ひお)を捕るためのもの。

牛死にたる牛飼:飼っていた牛が死んだ牛飼。牛飼はお雇い運転手にあたる人。貴族が外出に使った牛車を牛に牽かせるのが仕事。

 産屋:出産のため特別に用意した部屋。せっかく用意したのに、死産だった、または生まれた赤ちゃんが死んでしまった。

3炭櫃、地火炉:それぞれ角火鉢やいろりにあたる暖房装置。夏に使われていないストーブのようなもの。

 博士:朝廷の教育機関の教授。世襲制だったので、息子ができないと跡継ぎがいない。

 方違へ:行こうとする方角が不吉なとき、べつの方角の家にいったん行ってから、本来の目的地に行く習慣。このとき、方違へに行く家は自分の親戚か勢力下にある家で、そこでもてなしを受けることを期待できたらしい。

節分などは:節分の方違えにごちそうしないのは、ということ。立春、立夏、立秋、立冬の前日を節分といい、方違へする習慣があったので、この日、客が来るのを予想してもてなしの準備をするのが常識なのに、ということ。

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験者:出産や病気にあたって加持祈祷をおこなう行者。物語では高徳の僧侶が呼ばれることが多い。

 ものの怪:病気の原因となったり、この機会に日頃の恨みを晴らそうとする生き霊や死霊。験者はこれをまじないによって苦しめ、よりましに乗り移らせ、恨みを言わせ、こらしめて退散させる。

持たせ:よりましに持たせ。よりましはその家に仕える少女などが選ばれた。暗示にかかって、狂乱した姿を示すが、おそらく身の安全のために、仏具を持たせるのであろう。

 よみゐたれど:経を。

さりげもなく:ものの怪は退散しそうもなく。

 護法もつかねば護法童子という鬼神が験者の祈りによってよりましに取り憑き、物の怪を追い払う。

 集まりゐ:家じゅうの者は集まって、その場に座り、いっしょに祈念していたのに。

 男も女も:その家族の男も女も

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:修法を行う決められた時間。

 つかず護法がつかない

 立ちね:少しもトランス状態になってくれないよりましに向かって言っている。

  完了「ぬ」は、ここでは動作が完了していないから、強意ととった。

とり返してよりましからとり返して

さくり上げ:ここは、髪のある修験者のばあいで、髪をかき上げるととる本と、毛のない僧がおでこから頭頂にむけてなでる、と解釈する本がある。

 おのれより:あくびをしたいのは、見ている家族なのに、修験者本人が、ということ。

寄り臥しぬる:完了「ぬ」の連体形で文が終わっている。しかし、係助詞はないから、連体止めの文である。

 ところで、連体形で終わっている語句は、連体形の準体法の用法によって、全体が名詞として働く。つまり、「験者の・・」から「寄り臥しぬる」までが大きなひとつの名詞として働いていることになる。「・・犬。」「・・網代。」「・・衣。」と名詞を並べてきて、その続きとしてこの長い名詞を並べたと考えることができる。こうした部分は、単に名詞を羅列する類集的章段から、一般的にものごとを述べる随筆的章段に移行するものとして興味深い。

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いとしも:副詞「いと」は非常にだが、打消といっしょに使われると、それほど・・でない。副助詞「し」、係助詞「も」はともに強意

言ふこそ:動詞「言ふ」の連体形は準体法として使われているから、これも「いみじう・・」からここまでが名詞としてはたらいている。「言ふ」までで切れば、前の文とおなじだが、このばあいは、「言ふ」までの名詞を主語として、述語「すさまじけれ」をつけて、完全な文とした。

除目:官吏の任命式。ここでは地方官を任命する秋の司召(つかさめし)。

 司得ぬ:直訳すると、官職をえられない

 人の家。:「・・犬。」等々に並ぶ次の項目。以下は補足的な説明(しかし、ほとんど随筆になっている)。

 今年は必ず今年は必ず任官すると。

 はやうありしこの家に以前いた

ほかほかなりつる:完了「つ」の連体形は準体法で、これ全体が名詞となっていて、「田舎だちたる 所に住む者どもなど」と並べられている。ほかの主人に仕えていたのである。

 田舎だちたる所に住む者ども:都では生活できなくて、地方で暮らしていたのである。

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出で入る車の轅もひまなく見え:この家に出入りする客の牛車の数が多いこと。轅は車を牛に結びつける部分。ずらっと駐車している様子の定型的表現で、その家の権勢が盛んであることをいう。

 もの詣で:任官祈願のもの詣で

参り仕うまつり:「参る」は謙譲語で、参上する。「仕うまつる」も謙譲語でお仕えする。主人の参詣などの外出に顔を見せて、お供するのが子分たちのたいせつなつとめ。こうした時、お供が多いことが権勢のしるしだった。

 物食ひ、酒飲み、ののしり合へるに:集まった連中が前祝いをやっている。ひところの、陣笠代議士の選挙風景を思わせる。

果つる暁まで:徹夜で行われる除目が終わる夜明けまで。

 門たたく音:任命決定の第一報を知らせる使者が帰ってきて、門をたたく、その音。今なら、テレビの画面に当確のテロップが流れるところ。

前駆追ふ声々:内裏から退出する高級貴族(上達部)の行列が前払いをして通り過ぎて行くようす。

 出で給ひぬ内裏からお出になった。会議は終わってしまったのである。

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寒がりわななきをりける:役所のそばで一晩中寒さをこらえて、様子をうかがっていた。

え問ひだにも問はず:結果をきくことすらできない。結果は分かっていて、がっかりもし、気の毒でもあるので。「え・・打消」は不可能

 ほかより来たる者:身内の者でないので、無遠慮である。

前司:たとえば、以前信濃国の守で、いまは無任所である人を「信濃の前司」と呼ぶ。「信濃の前司になられた」ということは、つまり、新たな任命を受けられなかったということ。こんな下男でも、当時の人は、主人の面目をつぶさないような言い方をしている。

 必ず答ふるこういう場合は、必ずこう答えるものだ、と言っているが、これは一般化した表現で、随筆に使う言い方である。

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まことに頼みける者:主人の任官を心からあてにしていた者。

 こうした者や、あわよくばと集まってきた者は、この家の主人が地方官として赴任するとき、いっしょについていって、自分もうまい汁を吸おうと期待しているのである。地方官は、これらの人間を手先として、地方の税をかきあつめ、大部分を自分のものとする一方、そこから自分の任命に力を尽くしてくれた親分に奉仕した。平安時代の物語で描かれる上流貴族の豪奢な生活はそのようにして成り立っていたという現実があった。

 さらに言うなら、本来はいるべき税が集まってこない中央政府は、下級の官吏に十分な給与を与えられず、彼らはますます自分の親分に頼らなければ、生きていけないようになっていたのである。

来年の国々:来年の除目で任官の可能性のある国々。来年、そこの守の任期が切れて、あたらしい国司が任命されることになっている国々。

 揺るぎ歩きたるも:がっかりしている様子ととるか、空元気を出している様子ととるか。

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をかしう:形容詞「をかし」はここでは、滑稽だ

 すさまじげなる:形容動詞「すさまじげなり」は形容詞「すさまじ」から派生したもの。この連体形が準体法としてもちいられているので、「除目に・・」からここまでが長い名詞扱い。

 とすると、この章段で列挙されている名詞は:

  ・・犬。

  ・・網代。

  ・・衣。

  ・・牛飼。

  ・・産屋。

  ・・炭櫃、地火炉。

  博士の・・。

  ・・所。

  験者の・・。

 (いみじう・・すさまじけれ。)

  除目・・。

ということになる。(いみじう・・すさまじけれ。)は文であって、名詞あつかいではない。