枕草子第百八十一段
雪の夜、女房仲間と語り合う楽しさと、そこに教養ある、風流な男性貴族を迎えて夜明けまで語らったすばらしい想い出。一般的な随筆から、ある夜の回想に移り、随筆的な文章から日記・回想的な文章に移行している。
私(清少納言)
仲間の女房たち:ご主人の御殿で宿直に当たっていたと思われる。
ある男性貴族;やはり宮中で宿直に当たっていて、暇つぶしにこの御殿の女房たちと時間をつぶしに来たらしい。
1うすらかに降りたる:うっすらと降り積もっている。そのような状態が続いているということで、完了「たり」連体形は存続の用法。
2また:雪がうっすらと積もっている場合とならんで、深く積もっているばあいもまた、ということ。
端近う;彼女たちは廂の間の、簀の子(端)近くにいる。主人がいる母屋(もや)にたいして、廂(ひさし)の間は召使いがいる部屋。その外側に簀の子(すのこ)=縁側がある。ちょっと女房に会いにきた男性は、この簀の子に腰掛けることがおおい。
4人:おなじ主人に仕える女房仲間。
火桶:火鉢。寒いのでこれを皆で取り囲みながら。
物語りなどする:何のかんのと世間話をする。
1暗うなりぬれど:空は暗くなってしまったが。
火:灯火。灯火用の油は貴重品だったし、一般に王朝時代の貴族はあかあかと照らされるのを好まなかった。
2しろう見えたるに:雪明かりが室内に反射している様子。室外の雪が白く見えているという解釈もありうる。
3灰:みんなで囲んでいる火鉢の灰。真ん中の炭火に灰をかき寄せたりするのだが、ここでは目的もなく灰をかきならしている様子。
あはれなるもをかしきも:形容動詞と形容詞の連体形の準体法で、しみじみした話やおもしろい話ということ。
4ここでは、朋輩同士がしんみりと語り合っている楽しさが述べられている。いつのことと限定されていないので、随筆的な文章になっている。
1宵:まだ夜の更けないころ。遅くても午後11時以前。
沓:男性貴族がはく木のサンダル。この音がすれば、男性が来たことがわかる。
2あやし:今頃誰だろうと変に思った。宮中の夜の見回りなら、定刻に来るし、もちろんご主人に来客のある時間でもない。また、愛人の女房のところに忍んで来たのなら、足音など立てないはずである。
かやうのをり:このような風流な時。
3人なりけり:ここでは具体的な男性貴族のことを言っているから、随筆的な文章から日記・回想的な文章に移行している。助動詞「けり」もある特定の日の過去ということでもよいが、その人はかならずこのような時に現れるという詠嘆の意味でもよいのではないか。
「今日の雪を・・:その男性の言葉。
いかに・・:どのような感動をもって見ているか、ということ。この感動を語り合うため、さっそくにでも参りたかったのですが、という気持ち。よいことばかりでなく、台風の翌日など、さっそく女性のもとを見舞うのは、男の誠意の見せ方だった。
4なでふ事:「なにといふ事」の略。なんという事もない用事。本当は、男性貴族にとって本務であったろうが、女性の前ではこのように言うのである。
その所:日中自分が詰めておるべき役所。それをぼかして言っている。これは筆者がぼかしているのだろう。
くらしつる:今まで訪問できず、一日を過ごしてしまった。完了「つ」の連体形「つる」で文がむすばれているが、係助詞や疑問詞はない。文の連体止めで、感動表現。
1「今日来む」:「山ざとは雪ふりつみて道もなし 今日来む人をあはれとは見む」(拾遺集 平兼盛)「山里は雪が降り積もって、道も閉ざされている。今日訪問してくる人を友情の厚い人と思って歓迎しよう」という意味。ここでは、立場を逆にして、雪の中をやってきた自分の熱意をかってほしい、という気持ちなのだろうと筆者が推測している。
昼ありつる・・いふ・:男は・・言う。
2円座ばかり・・簀子敷に円座(わらなどを丸く編んだ敷物)だけを出してそこにすわらせた。女房たちは廂の間にいて、簾ごしに室外の男性と対話しているのである。
3片つ片の足は・・:男は、上に上がりこまないで、片足を簀の子(縁側)から垂らしてすわっている。
鐘の音:宮中では30分ごとに鐘が鳴らされたというが、ここではかなり遅い時刻の鐘(午前2時とか3時)でないとふさわしくない。
4内にも外にも;室内の女房たちも室外の男も、時間が経っても、飽きずにおしゃべりしたことを言っている。
1あけぐれ:明け方のまだ暗い自分。「ゆうぐれ」の対。
帰るとて:男が帰るといって。「とて」は格助詞「と」と接続助詞「て」と分解するたちばもある。
「雪なにの山に満てり。」:和漢朗詠集にある漢詩の一節。漢詩を吟詠しながら立ち去るのはとてもかっこよかった。
2女の限り・・:後に残った私たちの言葉。男性がいなければ、こんなに盛り上がらなかっただろう、ということ。
3居明かさざらましを・・:「居明かす」はすわって、夜明けまでいる。これを二つの動詞とみるたちばもある。反実仮想の「まし」がついているので、実際は夜明けまですわったが、もし男の人がいなかったら、すわっていなかったろう、ということ。女たちだけだったら、つまらなくなって寝てしまうのである。・・は「男の人がいたので居明かした」という意味の言葉か省略。
4ただなるよりは:ここから別の女房のことば。いつものように女だけで過ごすよりは。
言ひあはせたり:あとで、女房同士で言い合った。