枕草子262・解説

作品について

 枕草子

  言葉遣いのルールについての随想的章段。

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1文言葉:(ふみことば) 手紙の言葉。書簡用語

2言葉:ここは「ことのは」と読むのがよいと思う。「ことのは」が短縮されて「ことば」になった。意味としては、ことば。和歌

  ここでは、その手紙に使われている言葉。

 にくきこそ・・:「あれ」などが省略。

  現在、メールなどの言葉は、簡略なのがよいとされるが、きちんとしなければならない場面で出す手紙は、決まった書式がある。それを無視した手紙では、良識を疑われる。

 さるまじき:連体詞「さる」+打消当然「まじ」連体形。そうでなくて当然の。それほどかしこまらなくてもよい。

  目下の者に対する手紙などを考えている。

4わろき:形容詞「わろし」連体形。「あし」と比べて、よくない

 されど:しかし、無礼な手紙となると

 得たらむは:動詞「う」連用形+完了「たり」未然形+婉曲「む」連体形+係助詞「は」。そうした手紙をもらったとしたら、それは

 ことわり:名詞としては、道理、理由。形容動詞としては、当然だ、もちろんだ

  自分がもらった場合は、腹が立つのは当然だが。

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1人のもとなるさへ:名詞「ひと」+格助詞「の」 名「もと」+断定「なり」連体形+副助詞「さへ」。他人宛の手紙までも

  「もとなる」は準体法。名詞をつくっている。ここでは「・・手紙」。

 にくくこそあれ:形容詞「にくし」連用形+係助詞「こそ」+補助動詞「あり」已然形。「にくし」と言うところに、強調の「こそ」を用いたので、補助動詞「あり」が出てきた。にくらしいのだ

2さし向かひても・・:手紙ばかりでなく、対座した場合を言う。

 なめきは:形容詞「なめし」連体形+係助詞「は」。「なめき」も準体法で、「なまいきな場合・人」などの意味。

3さ申す:そのようにもうしあげる。「さ」は、失礼な言い方をさす。

  身分の高い人に対して、適切な敬語を用いない場合のことを言う。

4ねたうさへあり:形容詞「ねたし」連用形ウ音便+副助詞「さへ」+補助動詞「あり」終止形。これも「ねたし」でいいのだが、副助詞「さへ」を用いたので、補助動詞があらわれた。憎らしいまで感じる

 田舎びたる者・・:ただし、例外。田舎者が敬語をきちんと仕えないのは、しょうがない、と思っている。

 さあるは:副詞「さ」+補助動詞「あり」連体形+係助詞「は」。そうであるのは。「さある」は準体法。適切な敬語を使えないことをさす。

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1をこにて:形容動詞「をこなり」連用形+接続助詞「て」。おろかしく滑稽であって

  ののしりの言葉は、都では、おおむね、をこーーばかーーあほう と推移した。関東で「ばか」と言うのは、一段古い言い方ということになる。

 よし:「あし」の反対。

  2ページ4に出た「わろし」に対立するのは、周知のごとく、「よろし」。つまり、評価の順位は、「よし」−「よろし」−「わろし」−「あし」となる。

2男主:男主人。「男・主」と読んで、「夫や主人」と解する説もある。

  当時の貴族は、夫婦で別の召使いを持つ場合があるから、妻の召使いが主人の婿のことを、よそで浮気して・・など悪く言う場合であろうか。

 わが使ふ・・:同じく、召使い関係だが、別のケース。

3「何とおはする」「のたまふ」など:「おはす」「のたまふ」は尊敬語だから、他家の人に対して、自分の主人に使うべきではない。聞いている人は、低く扱われたことになって、腹が立つ、と言っている。

  これも、現代でも、他人に対して、自分の家の父母を敬語で言うと失礼にあたるのと同じ(「お父さん」「お母さん」も敬語。「父」「母」と言う。会社では、もっと複雑。)

4「侍り」・・:「ございます」の意味の丁寧語を使わせたい、ということ。「何と 侍り」、「言ひ 侍り」と言わせたい。

 あらせばや:動詞「あり」未然形+使役「す」未然形+願望の終助詞「ばや」。あるようにさせたい

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1さも:副詞「さ」+係助詞「も」。そのようにも。お前の言葉遣いは間違っているよ、と。

 言ひつべき:動詞「いふ」連用形+強意「つ」終止形+適当「べし」連体形。言うのが当然である。召使いや目下の者など、注意してやってもよい者には、ということ。

 「あな・・:目下の言葉遣いを叱る清少納言の言葉。

2にげな、愛敬な:形容詞「にげなし」語幹、形容詞「あいぎやうなし」語幹。語幹の使用は、感動や強調の表現。不似合いな言葉遣いだよ、失礼な言葉遣いだよ、と注意している。

 など・・なめき:疑問詞と形容詞の連体形。疑問文の形。どうして・・生意気なの

 この:お前の

3聞く人:そばに控えている召使いであろう。

 かうおぼゆればにや・・:副詞「かく」ウ音便+動詞「おぼゆ」已然形+接続助詞「ば」+断定「なり」連用形+係助詞「や」。補助動詞「あらむ」などが省略。わたしがこのように神経質に感じるからだろうか。挿入文となっている。次に述べることの原因を想像している。

4見そす:「みそす」は動詞「みる」に「そす」(〜しるぎる)の付いた複合動詞。あまり神経質に見過ぎる

 言ふも:動詞「いふ」連体形+係助詞「も」。連体形は準体法。いうのも。叱られた当人も、周りの者もうるさすぎると言うのも。

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1人わろきなるべし:形容詞「ひとわろし」連体形+断定「なり」連体形+推量「べし」終止形。「ひとわろし」は、ていさいがわるい、てれくさい。素直にあやまれないで、逆に注意した人を非難している態度なのだろう、と推測している。

2殿上人・宰相:「殿上人」は、4位、5位の人および6位の蔵人で、昇殿を許された人。「宰相」は、参議のことで、いずれも宮中の高官。

 名のる名:実名。なのり。通称の反対。身分の高い人を呼ぶのは、「・・の中納言」とか、「・・の少将」とか住んでいる地名などで呼ぶ。実名は、自分で自分を指すときとか、身分の低い人にしか用いない。

  たとえば、「源氏物語」では、主人公の乳母子でいつも供をする惟光は実名で出てくるが、高貴な主人公は「光源氏」という通称しか明らかにされていない。「源氏物語」は、主要な登場人物の実名の分からない小説なのである。

3かたはなるを:形容動詞「かたはなり」連体形+接続助詞「を」。「かたはなり」は、不完全だ、見苦しい。身分の高い人に対してそのように失礼な呼び方をするのはよくないと言っている。いっぽうで、身分の低い者には、あっさり実名で呼ぶのがふさわしい、ということになる。

  「源氏物語」でも、上で述べた惟光以外にも、「紫の上」(これも通称)の召使いの少女は「犬君(いぬき)」と呼び捨てにされている。

 きよう、さ言はず:きっばりとそのように(実名)で言わないで

4女房の局なる人:女房の局で使われている召使い

  女房は、仕えている家で個室(局)を与えられているのだから、通称で呼ばれるべき、それなりの身分の召使い。だから、自分でも、召使いを使っている。こうした者は、実名で呼び捨てにしてかまわない、というのが清少納言の考え。

 「あのおもと」「君」:女房クラスの人に使う通称。主人である女房に敬意を表して、その召使いにまで敬語を使ったのであろう。

  貴族の女性が、さらに高貴な家に女房として仕えることになると、実名で呼ぶわけにいかないので、「清少納言」とか「紫式部」とかいう通称を決める。「中将のおもと」とか「源少納言の」とかいう通称は、かなり高貴な身分の女房に使われた。

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1めづらかにうれし:呼ばれた人は、めったにないことだから、うれしい(と思って)。

2ほむる:そう呼んでくれた人を誉める。

  なんて礼儀正しい人なんだろうと。しかし、清少納言からすると、度を過ぎた丁寧さである。

 殿上人・君達:さて、殿上人・君達のような高貴な方々の呼び方は。

3御前よりほかにては、官をのみ言ふ:天皇や中宮様の前では本名で呼び捨てにするが、それ以外の場面では、本人に対する礼を失しないように、官名で呼ぶ。「・・の中将」「・・の大将」とか。

4おのがどち:自分たち同士。殿上人・君達がお互いに呼び合うとき。

 聞こしめすには:尊敬動詞「きこしめす」連体形+格助詞「に」+係助詞「は」。天皇様や中宮様が聞いていらっしゃる時には

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1などてか・・む(連体形):疑問詞「などて」と疑問の係助詞「か」と呼応して連体形で文が終わっている。疑問文の形だが、あたりまえのことを尋ねているので、反語

 まろが・・:自称の代名詞を使って、「余が・・」などと。

 さ言はむに:副詞「さ」+動詞「いふ」未然形+仮定「む」連体形+格助詞「に」。そのように言うとしたら、その時に。「さ」は、「まろが」などと言うこと。

  推量の助動詞「む」は、しばしば連体形のときは、仮定の用法であらわれる。

2言はざらむに:動詞「いふ」未然形+打消「ず」未然形+仮定「む」連体形+格助詞「に」。そのように言わないとしたら、その時に

 ことかは:名詞「こと」+終助詞「かは」。終助詞「かは」は、おおく反語の意味。

  場所柄もわきまえず、自分のことを「まろ」と言うと偉くて、言わないと面目が立たない、ということではないじゃないか、ということ。

 

  言葉遣いについての随想。筆者の伝統的な立場が明らかにされている。

  まず、手紙ことばについては、礼儀正しく書くべき人に対して失礼な言葉遣いをしてはならない。そうでない手紙の場合に、あまりかしこまっているのもよくない。

  また、直接言葉を交わす場合、相手に対しても、第3者に対しても、礼を失した言い方をしてはいけない。ただ、田舎の人などなら、かえって微笑をさそうものであって許せる。

  召使いが、(男)主人を悪くいうのは許せない。いっぽう、自分の主人を第3者の前で、尊敬語を使ってはなすのはよくない。丁寧語を使うべきだ。

  高貴な身分の人を実名で呼ぶのは失礼だが、低い身分のものを尊んで呼ぶのもよくない。

  天皇・中宮様の前では、実名で呼び、「まろ」などと言ってはいけない。それ以外では、官名で呼び合う。

  こういうこまかいことを言うと、若い人たちはうるさがるが、これが常識というものだ。