この段は、「清涼殿の丑寅の隅の・・」で始まる、20(本によっては23)段の後半部分である。日記的章段で、中宮が教養の面で、女房たちのよき指導者であったことを回想している。
省略されている前半では、古今集にある歌を改作して、その機知を中宮に誉められるが、後半では、力を発揮できなかった。正暦5年(994)春の、中宮の一族がしあわせだった頃のこと。
中宮(定子):中宮は后に次ぐ天皇の妻。ここでは、一条天皇の中宮である定子。関白道隆の娘。995年父が死に、一家の威勢は道長に押されていき、999年、道長の娘彰子が入内して中宮となって自分は皇后とされるが、1000年出産の後死去した。清少納言は993年に仕えはじめ、主人の栄華と没落を見、その美しい思い出を「枕草子」に残したのである。
宰相の君:女房の呼び名。中宮のまわりには、才女の誉れ高い侍女が集められていたが、その中でも、清少納言と並んで当時は評判だったらしい。
<中宮のお話の中の登場人物>
村上天皇:(926〜967)在位946〜976で、中宮定子の仕えた一条天皇の祖父。
宣耀殿の女御:(せんようでんの にょうご)村上天皇の後宮で、宣耀殿と呼ばれた御殿にいらっしゃった女御。藤原芳子(ほうし)。
小一条の左大臣殿:藤原師尹(もろまさ)(920〜969)。いずれは関白となって実権を握ろうと娘に期待したが、子にめぐまれず、冷泉天皇を生んだ兄弟の師輔(もろすけ)の血統にとられてしまう。
1古今:古今和歌集。最初の勅撰和歌集として尊ばれ、そこに載っている歌は貴族の常識であった。
草子:巻物でなく、閉じた本。
御前:中宮の御前。「御」は中宮に対する敬意。
置かせ給ひて:動詞「おく」未然形+尊敬「す」連用形+尊敬の補助動詞「たまふ」連用形+接続助詞「て」。尊敬はいずれも中宮への敬意。助動詞「す」と補助動詞「たまふ」の二重に尊敬が使われていて、天皇とそれに準じる人に対する最高敬語。
歌ども:古今集に載せられている和歌(複数)。古今集は、20巻、約1100首を収める。
本・・末:「本」は一首の上(かみ)の句(575)、「末」は下(しも)の句(77)。上の句を言って、下の句を言わせることはよくされたようで、後に百人一首の遊びとなった。
2仰せられて:動詞「おほす」未然形+尊敬「らる」連用形+接続助詞「て」。尊敬はいずれも中宮への敬意。1で述べたとおなじ最高敬語。
これが末:今上の句を読んだ歌の下の句は。
いかに・・:「ある」などが省略。なんだ?ときいている。
問はせ給ふに:動詞「とふ」未然形+尊敬「す」連用形+尊敬の補助動詞「たまふ」連体形+接続助詞「に」。尊敬はいずれも中宮への敬意。1で述べたとおなじ最高敬語。
3夜昼心にかかりて:平安時代の貴族にとって、和歌は、挨拶がわりにやりとりしていて、日常的に念頭にあった、ということ。だから、古今の歌ならすらすら出てくるはずなのに、中宮にいきなり問われて、どぎまぎして答えが出てこなかったのである。
4宰相の君:女房の呼び名。中宮のまわりには、才女の誉れ高い侍女が集められていたが、その中でも、清少納言と並んで当時は評判だったらしい。
十ばかり:出題された歌の下の句を10首ほど答えられたが。
1おぼゆるかは:動詞「おぼゆ」連体形+係助詞「かは」。「かは」は反語に使われるので、10首くらいは覚えていることになるか、いや、ならない。
五つ、六つなどは:まして、5,6首は、覚えているうちに入らないから、覚えていませんと答えるのが適当だ、ということ。
2啓すべけれど:謙譲動詞「啓す」終止形+適当「べし」已然形+接続助詞「ど」。謙譲は中宮に対する敬意。
テストが終わって、女房たちが愚痴を言い合っているところ。そばで中宮が笑いながら聞いているのであろう。
さやは・・もてなすべき:疑問の係助詞「や」が係となって、可能の助動詞「べし」が連体形の結びとなっている。形としては疑問文だが、あたりまえのことをたずねているので、反語。
5,6首しか答えられないなら、いっそ、知りませんと言ってしまいたいが、それもそっけなくて、中宮様に失礼だし・・という気持ち。
4をかし:清少納言も答えられなくてくやしがっている仲間なのに、女房達の様子をおかしがっている。
1申す:謙譲動詞「まをす」連体形。謙譲は中宮に対する敬意。
夾算:竹でつくったしおり。テストの終わった所までの印としてはさんだのであろう。
2せさせ給ふを:動詞「す」未然形+尊敬「さす」連用形+尊敬の補助動詞「たまふ」連体形+格助詞「を」。尊敬はいずれも中宮への敬意。1ページ1で述べたとおなじ最高敬語。
「これは・・:女房たちの嘆きのことば。テストの結果が悪かったことをくやしがっている。
ことぞかし:名詞「こと」+終助詞「ぞ」+終助詞「かし」。終助詞はともに念押しで、知ってる歌なんだわ。
3つたなうはあるぞ:形容詞「つたなし」連用形ウ音便+係助詞「は」+補助動詞「あり」連体形+終助詞「ぞ」。「つたなきぞ」でもよかったが、「は」を使いたかったので、連用形につけて、その代わりに補助動詞がでてきた。
4書き写しなどする人:書写などする女房。印刷のない時代、すべての本は書写によって作られたが、現代でも書写は最良の学習法である。
1「村上の御時に・・:中宮様の話。ここで一息入れるためのお話。中宮の周りに集められた高級の女房達は、みな優秀な女性だったが、中宮もそれに劣らず高い教養を持つよう育てられていたことがわかる。
村上天皇(926〜967)は、在位946〜976で、中宮定子の仕えた一条天皇の祖父。
宣耀殿の女御:(せんようでんの にょうご)村上天皇の後宮で、宣耀殿と呼ばれた御殿にいらっしゃった女御。藤原芳子(ほうし)。
小一条の左大臣殿:藤原師尹(もろまさ)(920〜969)。いずれは関白となって実権を握ろうと娘に期待したが、子にめぐまれず、冷泉天皇を生んだ兄弟の師輔(もろすけ)の血統にとられてしまう。
2御娘におはしける:名詞「御娘」+断定「なり」連用形+尊敬の補助動詞「おはす」連用形+過去「けり」連体形。「御娘なりけり」と言いたいところ、尊敬の補助動詞を使うため、「なり」が連用形「に」になった。「けり」が連体形になっているので、準体法と見れば、「御娘でいらっしゃった方である」と読んでもよい。
尊敬は、話し手である中宮の、宣耀殿の女御に対する敬意。
知り奉らざらむ:動詞「しる」連用形+謙譲の補助動詞「たてまつる」未然形+打消「ず」未然形+推量「む」連体形。謙譲は、話し手である中宮の、宣耀殿の女御に対する敬意。
疑問詞「たれ」と疑問の係助詞「か」に呼応して、推量「む」は連体形で結んでいて、疑問文の形になっているが、あたりまえのことを尋ねているので、反語。
まだ姫君と聞こえけるとき:入内前で、「小一条殿の姫君」と呼ばれていたのであろう。
「きこゆ」は謙譲の補助動詞で、話し手である中宮の、宣耀殿の女御に対する敬意をあらわす。
3父大臣:父の、小一条の左大臣殿。娘を天皇にさしあげようと、その教育に心をそそいでいたが、その父の教えは、習字と音楽と和歌を学べということであった。
教へ聞こえ給ひける:動詞「をしふ」連用形+謙譲の補助動詞「きこゆ」連用形+尊敬の補助動詞「たまふ」連用形+過去「けり」連体形。謙譲は、話し手である中宮の、宣耀殿の女御に対する敬意。尊敬は、話し手である中宮の、小一条の左大臣殿に対する敬意。
『一つには・・:小一条の左大臣殿のことば。
4御手:筆跡。つまり習字。「御」は父大臣の、娘に対する敬意。
習ひ給へ:動詞「ならふ」連用形+尊敬の補助動詞「たまふ」命令形。尊敬は、話し手である父大臣の、娘に対する敬意。
琴の御琴::七弦の琴。「御」は父大臣の、娘に対する敬意。
1おぼせ:尊敬動詞「おぼす」命令形。尊敬は、父大臣の、娘に対する敬意。
2うかべさせ給ふを:動詞「うかぶ」未然形+尊敬「さす」連用形+尊敬の補助動詞「たまふ」連体形+格助詞「を」。尊敬は、父大臣の、娘に対する敬意。尊敬が二重に使われているが、これは会話の中だから、最高敬語ではない。
せさせ給へ:動詞「す」未然形未然形+尊敬「さす」連用形+尊敬の補助動詞「たまふ」命令形。尊敬は、父大臣の、娘に対する敬意。尊敬が二重に使われているが、これは会話の中だから、最高敬語ではない。
聞こえ給ひけると:謙譲動詞「きこゆ」連用形+尊敬の補助動詞「たまふ」連用形+過去「けり」連体形+格助詞「と」。謙譲は、話し手である中宮定子の、女御に対する敬意。尊敬は、同じく大臣に対する敬意。
3聞こしめしおきて:尊敬動詞「きこしめしおく」連用形+接続助詞「て」。主語は村上天皇。尊敬は、話し手である中宮定子の、天皇に対する敬意。
御物忌み:「物忌み」は陰陽道で、外出、来客に会ったり、手紙のやりとりをしてはならないとされる日。「御」がついているから、天皇にとってそういう日で、ひまだったのである。
もて渡らせ給ひて:動詞「もてわたる」未然形+尊敬「す」連用形+尊敬の補助動詞「たまふ」連用形+接続助詞「て」。尊敬は、話し手である中宮定子の、天皇に対する敬意。二重の尊敬は、この場合は、最高敬語と考えてよいだろう。天皇が古今集を持って、女御のお部屋へやってきた。
4御几帳:「几帳」は室内を隔てる移動式のスクリーン。「御」がついているのは、女御に対する敬意。来客などは几帳ごしに対面するが、夫婦である天皇との間に置くのは異例であるので、女御は不思議に思う。
引き隔てさせ給ひければ:動詞「ひきへだつ」未然形+尊敬「さす」連用形+尊敬の補助動詞「たまふ」連用形+過去「けり」已然形+接続助詞「ば」。尊敬は、話し手である中宮定子の、天皇に対する敬意。二重の尊敬は、この場合は、最高敬語と考えてよいだろう。
女御:宣耀殿の女御は。
1おぼしけるに:尊敬動詞「おぼす」連用形+過去「けり」連体形+接続助詞。尊敬は、話し手である中宮定子の、女御に対する敬意。
草子:古今集の冊子。
広げさせ給ひて:動詞「ひろぐ」未然形+尊敬「さす」連用形+尊敬の補助動詞「たまふ」連用形+接続助詞「て」。天皇の動作。尊敬は、話し手である中宮定子の、天皇に対する敬意。二重の尊敬は、この場合は、最高敬語。
2『その月、何のをり、その人の・・:天皇のことば。
古今集に載せられた歌には、分かっている場合は、年月日、その歌が披露された公式の宴会や歌合の名称、作者名が詞書(ことばがき)として付されている。こうした歌は、古今集では270首ほどあるというが、詞書きによって歌を答えるには、古今集を完全に暗記していなければできない。上の句を聞いて、下の句を答えるという清少納言たちのテストとは比較にならないくらい難しいのである。
いかに・・:「ある」などが省略。どんな歌か?。
3問ひ聞こえさせ給ふを:動詞「とふ」連用形+謙譲の補助動詞「きこゆ」未然形+尊敬「さす」連用形+尊敬の補助動詞「たまふ」連体形+格助詞「を」。謙譲は、話し手である中宮定子の、女御に対する敬意。尊敬は、話し手である中宮定子の、天皇に対する敬意。二重の尊敬は、この場合は、最高敬語。
かうなりけり:このようにして私の知識を試してみようというお考えなんだわ。「けり」は過去のことではないから、詠嘆。
心得給ふも:動詞「こころう」連用形+尊敬の補助動詞「たまふ」連体形+係助詞「も」。尊敬は、話し手である中宮定子の、女御に対する敬意。
4をかしきものの:天皇のちょっと子供っぽいチャレンジをおもしろいと思ったが。
天皇は、入内前から、女御のことを聞いていたので、折りを見て試してみようと思っていたのである。
1おぼし乱れぬべし:尊敬動詞「おぼしみだる」連用形+強意「ぬ」終止形+推量「べし」終止形。きっと心がお乱れになったろう。尊敬は、話し手である中宮定子の、女御に対する敬意。
2その方:歌道。
召し出でて:尊敬動詞「めしいづ」連用形+接続助詞「て」。尊敬は、話し手である中宮定子の、天皇に対する敬意。
3碁石して数:碁石を置いて、得点を計算した。
置かせ給ふとて:動詞「おく」未然形+尊敬「す」連用形+尊敬の補助動詞「たまふ」終止形+格助詞「とて」。尊敬は、話し手である中宮定子の、天皇に対する敬意で、最高敬語。
強ひ聞こえさせ給ひけむ:動詞「しふ」連用形+謙譲の補助動詞「きこゆ」未然形+尊敬「さす」連用形+尊敬の補助動詞「たまふ」連用形+過去伝聞「けむ」連体形。謙譲は、話し手である中宮定子の、天皇に対する敬意。尊敬は、話し手である中宮定子の、天皇に対する敬意で、最高敬語。
過去のことをそのように聞いている、ということだから、過去伝聞とした。下の4のばあいは、過去推量でよい。
4いかにめでたう、をかしかりけむ:その場の様子を中宮が想像している。謙遜し、遠慮している女御に天皇がむりやり答えさせている、その場の情景は、二人の愛情ゆたかな場面でもあり、女御の誉れがあきらかにされるすばらしい機会でもある。
1候ひけむ:謙譲動詞「さぶらふ」連用形+過去伝聞「けむ」連体形。謙譲は、話し手である中宮定子の、女御に対する敬意。
うらやましけれ:中宮の気持ち。
2申させ給へば:謙譲動詞「まをす」未然形+使役「す」連用形+尊敬の補助動詞「たまふ」已然形+接続助詞「ば」。「言う」という動作は天皇に対してなされたから、謙譲は、話し手である中宮定子の、天皇に対する敬意。そのように強いた人は天皇であるから、尊敬も、話し手である中宮定子の、天皇に対する敬意。
やがて末まではあらねども:歌の下の句まで全部答えるのではなく、ひかえめに、上の句だけを答えた、ということ。
4いかでなほ少しひがこと見つけてをやまむ:天皇の気持ち。少しでも間違えてもらわないと、勝負を挑んだ自分が負けたことになる。
1おぼしめしけるに:尊敬動詞「おぼしめす」連用形+過去「けり」連体形+接続助詞「に」。尊敬は、話し手である中宮定子の、天皇に対する敬意。
十巻にもなりぬ:古今集の半分まできてしまった。
2大殿籠りぬるも:尊敬動詞「おほとのごもる」連用形+完了「ぬ」連体形+係助詞「も」。尊敬は、話し手である中宮定子の、天皇と女御に対する敬意。テストを中止して、お二人は仲良く寝所にお入りになった。
3めでたしかし:中宮の気持ち。
4起きさせ給へるに:動詞「おく」未然形+尊敬「さす」連用形+尊敬の補助動詞「たまふ」連体形+接続助詞「に」。尊敬は、話し手である中宮定子の、天皇に対する敬意で、最高敬語。いたん寝たのに、天皇は起き出してきてしまった。
1やませ給はむ:動詞「やむ」未然形+尊敬「す」連用形+尊敬の補助動詞「たまふ」未然形+仮定「む」。尊敬は、話し手である中宮定子の、天皇に対する敬意で、最高敬語。推量の「む」は連体形では仮定の用法であることがおおい。
下の十巻:古今集の下巻10巻。
2見給ひ合はする:動詞「みる」連用形+尊敬の補助動詞「たまふ」連用形+動詞「あはす」連体形。尊敬は、話し手である中宮定子の、女御に対する敬意。複合動詞「みあはす」のあいだに補助動詞が入った形。「ことをぞ」の係助詞「ぞ」をうけて、「あはす」は連体形になっている。天皇の心のなかの言葉として語られている。
3読ませ給ひける:動詞「よむ」未然形+尊敬「す」連用形+尊敬の補助動詞「たまふ」連用形+過去「けり」連体形。尊敬は、話し手である中宮定子の、天皇に対する敬意で、最高敬語。
「けり」が連体形になっているのは、連体止め、感動の表現。最後までテストをお続けになった、ということに対する中宮の感動を表している。
4負け聞こえさせ給はず:動詞「まく」連用形+謙譲の補助動詞「きこゆ」未然形+尊敬「さす」連用形+尊敬の補助動詞「たまふ」未然形+打消「ず」連用形。謙譲は、話し手である中宮定子の、天皇に対する敬意。尊敬は、話し手である中宮定子の、女御に対する敬意で、最高敬語。
主語は女御で、天皇に負けなかった、テストに合格した、といこと。ここで初めて女御に最高敬語を使っているのは、尊敬の気持ちも込められているのだろう。
1『上、渡らせ給ひて・・:使者の口上。
「上」は天皇をさす。
動詞「わたる」未然形+尊敬「す」連用形+尊敬の補助動詞「たまふ」連用形+接続助詞「て」。尊敬は、話し手である使者の、天皇に対する敬意で、最高敬語。
かかること・・:「あり」などが省略。「こんなこと」とは、天皇によるテスト。天皇にとっては暇つぶしの遊びだが、その結果は女御の評価にかかわり、しいては父大臣の威勢を決定する重大な結果をもたらすものであった。
殿:父大臣。
申しに:謙譲動詞「まをす」連用形+格助詞「に」。謙譲は、話し手である中宮定子の、大臣に対する敬意。ということを申し上げる目的で。
2奉られたりければ:謙譲動詞「たてまつる」未然形+尊敬「る」連用形+完了「たり」連用形+過去「けり」已然形+接続助詞「ば」。謙譲は、話し手である中宮定子の、大臣に対する敬意。尊敬は、話し手である中宮定子の、女御に対する敬意。
使者を送ったのは、女御の侍女たちであるが、女御からの使者であるということで、尊敬は女御に向かっていると解釈される。宮中での女御や天皇の動静は、いちはやく、父大臣に報告されていたのである。
おぼしさわぎて:尊敬動詞「おぼしさわぐ」連用形+接続助詞「て」。尊敬は、話し手である中宮定子の、大臣に対する敬意。
御誦経などあまたせさせ給ひて:テストが首尾よくいくように、多くの僧に祈祷をたのんだ、ということ。
3せさせ給ひて:動詞「す」未然形+尊敬「さす」連用形+尊敬の補助動詞「たまふ」連用形+接続助詞「て」。尊敬は、話し手である中宮定子の、大臣に対する敬意。ここの二重尊敬は会話のなかでの言い方で、最高敬語ではない。
そなたに:女御のお部屋に。
念じ暮らし給ひける:動詞「ねんじくらす」連用形+尊敬の補助動詞「たまふ」連用形+過去「けり」連体形。尊敬は、話し手である中宮定子の、大臣に対する敬意。係助詞「なむ」を受けて、「けり」が連体形で結んでいる。父親の姿に対する感動を表しながら、一段の話を終わっている。
4すきずきしう、あはれなることなり:この話に対する中宮の感想。「すきずきし」というのは、文芸に関してこのような熱心さを見せた朝廷であったことに対して、「あはれなる」というのは、その際の父親の、子を思う気持ちに対してであろう。
・・」など:ここまでが、清少納言たちに語った中宮の話。そばで、一条天皇も聞いていたらしい。
1語り出でさせ給ふを:動詞「かたりいづ」未然形+尊敬「さす」連用形+尊敬の補助動詞「たまふ」連体形+格助詞「を」。尊敬は、語り手である筆者の、中宮に対する敬意で、最高敬語。
上:一条天皇。祖父の村上天皇のこの昔話を中宮の所で聞いていた。
聞こしめし:尊敬動詞「きこしめす」連用形。尊敬は、語り手である筆者の、天皇に対する敬意。
めでさせ給ふ:動詞「めづ」未然形+尊敬「さす」連用形+尊敬の補助動詞「たまふ」終止形。尊敬は、語り手である筆者の、天皇に対する敬意で、最高敬語。
2「我は・・:天皇のことば。
三巻、四巻だに:あなたの教養を試すのに、古今集20巻はおろか、最初の2〜3巻ですら。
え・・じ:副詞「え」は打消の語と呼応して、不可能。「じ」は推量でもあるから、できないだろう。
仰せらる:尊敬動詞「おほす」未然形+尊敬「らる」終止形。尊敬は、語り手である筆者の、天皇に対する敬意で、最高敬語。
3「昔は・・:同席した女房たちのことば。
えせ者なども:(話題を一般化して)このように最高の身分の方は当然だが、身分の低い者だって、という気持ち。
をかしうこそありけれ:「をかし」ということを強調するため、係助詞「こそ」を使いたかったので、補助動詞「あり」をもってきて、過去「けり」を已然形にして結んだ。身分の上下を問わず、風流だった昔の人に比べて、中宮のテストにさんざんだった私たちは恥ずかしい、という気持ちだろう。
4かやうなることやは聞こゆる:反語の係助詞「やは」を用いて、動詞「きこゆ」は連体形で結んでいる。こんな風流な話は耳にするだろうか、いやしない。
1候ふ:謙譲動詞連体形。謙譲は中宮に対する敬意。
候ふ人々:中宮様付きの女房たち。
上の女房:天皇付きの女房たち。夫婦がそれぞれ侍女をもっている。
こなた許されたる:こちら(中宮の部屋に来ることを)許されたもの。「上の女房」と同格。
つまり、中宮が村上天皇と宣耀殿の女御の話をした場面では、中宮、一条天皇、中宮の侍女、天皇の侍女でこちらに来ることを許されたものが聞いていたのである。
2参りて:謙譲動詞「まゐる」連用形+接続助詞「て」。謙譲は中宮に対する敬意。やって来ていて。
これらの人々が、中宮の話に感嘆したが、それは村上天皇と宣耀殿の女御に対するばかりでなく、今もそれに劣らぬ風流な定子中宮への感嘆でもあった。だから、清少納言もこのエピソードを悩みのない、理想的な時代と回想しているのである。
侍女たちの不勉強を村上天皇と宣耀殿の女御の話によって巧みに反省させ、一条天皇とその侍女たちからも感嘆された定子中宮の輝かしい日々を記録にとどめた、日記的な章段。