吉野拾遺解説

作品について

 この作品は、文学史の教科書にもなく、出題のため、高校生が読まないものを探してきたもので、作品名を覚える必要はありません。

 南北朝時代、吉野にいた南朝のひとびとの逸話を載せたもので、その時代に書かれたものか、事情がよく分かっていない作品で、いずれにしても特別な研究者以外は読まない本です。

 場面:吉野での鷹狩りと、吉野の皇居にもどってから。

 登場人物:(主人公)ひろなり(まだ幼い皇子)

        父帝

       (皇子にお供した貴族)実為中将、忠行侍従、民部大輔

       (うその話の中の登場人物)山伏(奥山で修行し、神秘的な祈りの力を持つとされていた)

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2夏実の河:奈良県吉野郡吉野町菜摘付近の吉野川の呼称。

3いはほの:格助詞「の」は同格の用法。「で、」と訳すとよい。「えもいはれず面白きに、小松の生ひ出でたる(いはほ)」と同じものであることを表す。

4「えもいはれず」:副詞「え」…打消「ず」の構文で、不可能を表す。

2ページ

1「持てまゐれ」:「持つ」と「まゐる」からなる複合動詞と見る。

2「うへ」「みこと」は古語辞典参照。

 敬語法は古典文法参照。

3ページ

1 「忘れし」:終止形を使って「忘れき」と言うべきところだが、中世語では、連体形で文を終わることが普通になっている。以下にも、おなじ現象が見られるが、気にしなくてよい。

3 「ありつる」:「つる」は完了「つ」の連体形だから、「あった」というのが直訳だが、決まり文句として「さっきの」という意味でよく使われる。

4ページ

2 「言ひ侍りつる」:3ページで述べた現象。

3 「召させ給ひなん」:ここでの推量の助動詞「ん(む)」は、命令(敬語が使われているので、丁寧な言い方になるが)と考えられる。すると、完了の助動詞「ぬ」の未然形「な」は、ここでの動作が完了していないことは明らかだから、強調(強意)と考えなければならない。

5ページ

3 「力こそ」:係助詞「こそ」があるので、已然形で結ぶことが期待されるが、「ゆゆしければ」と接続の形になっているので、結びはない(結びの消滅)。

4 「持て来なん」:まず「持てく」という複合動詞と考える。主語が第3者だから、ここでの推量の助動詞「ん(む)」は、推量と考えられる。ここでも完了の助動詞「ぬ」の未然形「な」は、動作が完了していないことが明らかだから、強調(強意)と考えなければならない。

6ページ

 「すべき」:推量の助動詞「べし」の判定はむずかしいが(古典文法参照)、推量・意志・可能・当然のうちから選べば、当然の用法と考えられる。「こういう場合当然するのがよいことがある」という解釈になる。

7ページ

2 「さればこそ」:「されば」は、副詞「さ」+補助動詞「あり」已然形+接続助詞「ば」が一語化した連語と見る。これに係助詞「こそ」がついた形で、決まり文句として、「だからなのですよ、」「そのことについて言いたかったんですよ、」というときに用いられる。

8ページ

 「通られぬにこそ」:その後に「あれ」「侍れ」が省略されている。会話的な表現。

 「かくて侍る」:3ページと同じ、連体形で文が終わる現象。

 「いかにせまし」:主語が1人称だから、推量の助動詞「まし」の意志の用法と考えられる。また、疑問の副詞「いかに」があるので、文が連体形で結ばれるから、この「まし」は連体形である。

9ページ

2 「通りて候ひし」:「通り 候ひし」と同じ。

4 「祈りなほしてん」:まず、複合動詞「祈りなほす」に推量の助動詞「ん(む)」がついていると考える。文脈から、この「ん」は命令(要求)の用法であろう。未然形「て」で現れる完了の助動詞「つ」は、完了していない動作についているので、強調(強意)と考えられる。

10ページ

3 「ありつる人々」:「そこにさっきからいた人々」ということ。

11ページ

1 「召しかへせかし」:複合動詞「召しかへす」・命令形に念押しの終助詞「かし」がついている。

3 「行くらんも」:現在推量の助動詞「らん」で、「今頃どこへいったか」ということ。「らん」は連体形・準体法と見て、ということも分からないという言い方。

12ページ

 「のたまはせける」:過去の助動詞「けり」の連体形で文が終わっているのは、3ページで述べたのとおなじ現象。

2 「御ことにこそ…覚え侍りしか」:「御ことに」の「に」は断定の助動詞連用形とも考えられる。「御言葉であると…思われましたことです」という意味。その間に強調の「いとせめて」が挟み込まれている。最後の「しか」は、係助詞「こそ」を受けて、過去の助動詞「き」が已然形の結びとなっている。