方丈記:中世の随筆。1212年成立。筆者は鴨長明。60歳のころ、日野山の草庵に移って、見聞した人間社会の有為転変を語り、隠遁生活の自由と、遁世修行者としての喜びと反省を述べたもの。
鴨長明:(かもの ちょうめい)(1155〜1216)下鴨神社の神官の家に生まれたが、世の無常を痛感し、世間に対する失意もあって出家した。和歌も「新古今集」などに採られ、著書として「方丈記」のほかに、「発心集」(仏教説話集)、「無名秘抄」(歌論書)がある。
この文章は、名文として非常に有名な書き出しの部分である。
1水にあらず:名詞「水」に断定「なり」がついて、水であるというところ、否定したいわけだから、打消「ず」をつけて、「みずならず」と言えばいいところ、ちょってもったいぶって補助動詞「あり」を使った。このため、断定「なり」は連用形「に」であらわれている。
2淀み:流れが停滞しているところ。
うたかた:水泡。はかないものの例えによく使われる。
ここでは、世の中を河の流れに、人をうたかたに例えている。
1たましきの:「都」にかかる枕詞。玉を敷いたように美しい。
棟:屋根のいちばん高いところ。
甍:屋根を葺いた瓦。宮殿などは檜皮葺きで、瓦をもちいるのは仏教の寺院だった。
2尽きせぬものなれど:都に家々があることはなくならないようだけれど。
これ:家々がいつまでもなくならないということ。
3昔ありし家:昔からあった家。事実、京都には平安時代からの建物はひとつもない。
あるいは:これを連語とする人もいる。
4住む人も:家だけではない、そこに住む人も。
1所も変はらず:都という場所も変わらず。
2二、三十人:読み方は、にさんじゅうにんでよいと思う。
3ならひ:この世のならい。
水の泡にぞ似たりける:冒頭に、川の表面に浮かぶ泡が、あるものは浮かび、あるものは消えていくが、全体としてつねに泡がただよっていると言ったが、都の人間が、あるものは生まれ、あるものは死んでいくが、全体としてつねに大勢いるのは、それと同じだ、と言っている。
4いづ方より来たりて:いったい、どこから来て。
1仮の宿り:仏教の教えでは(仏教で教わらなくても)この世に永遠に変化せずに存在するものはない、したがって人間がいくら立派な家を造っても、永遠に住める訳ではないから、ほんの一時(永遠にくらべれば短い時間)住む、仮の家にすぎない、ということ。
2心を悩まし:現代人もそうだが、家を建てる費用をどうしようか、とか苦労し。
3目を喜ばしむる:すてきな家が出来たと、見て喜ぶ。
主と栖と無常を争ふ:その家の持ち主と家とが、競争するかのように亡びていく。
4朝顔の露:朝顔も露も、はかないものの例えによく使われる。
1露落ちて、花残れり:人が先に死んで、家が残っているケース。
2朝日に枯れぬ:朝顔は朝日が出るとしぼんでしまう、残ったといってもいつか家もなくなってしまう。
花しぼみて、露なほ消えず:家がなくなって、人が生き残ったケース。
3夕べを待つことなし:露が残ったといっても、夕方まであるわけではない。人が生き残ったといっても、いつまで生き続けるわけではない。
このあと、筆者は都の中で人と家がいかにはかないものであるかを劇的に見せた、いつつの実例を自分の体験によってくわしく述べていく:
1安元3年の大火
2治承4年の辻風
3福原遷都
4養和の飢饉
5元暦2年の大地震
そのあと、筆者は京都近郊で草庵に住み、そこでの閑居の安らかさを述べるのである。