更級日記(さらしなにっき)
1020年9月3日、父の任地上総(かずさ)の国府を出立した筆者たちの一行は、駿河国まで来て、あの富士山を近々と見た。
筆者:菅原孝標女(すがわら たかすえの むすめ)。このとき13歳。
1わが生ひ出でし国:私が成長した上総(かずさ)国。今の千葉県で、当然、富士山は西に見える。
2世に見えぬさま:世間に他に見られない様子。京都の周辺では、このような円錐形の火山は見られなかった。貴族たちの判断の基準は、常に都である。
さまことなる山の姿:これだけではどんな形かわからないが、「伊勢物語」で「塩尻(塩を円錐形に盛ったもの)」のようだと形容しているので、言わなくても都の人にも周知のことだったのだろう。
3紺青:天然の鉱石を砕いてつくる顔料。富士山のすそ野の色を形容している。ちなみに、群青よりかなり濃い。
紺青(こんじょう)
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群青(ぐんじょう)
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雪の消ゆる世もなく積もりたれば:頂上には万年雪が見られた。温暖化がすすんでいる現代よりかなり寒かったのであろう。
4色濃き衣:普通は紫や紅の色の濃い着物をいうが、ここでは濃い紺青色の着物。
白き衵・・:表着の代わりにやや小さいあこめというものを着る女童などの姿(衵姿)が、紺青の裾のの上に白い山頂の見える富士山に似ているということ。
1煙は立ちのぼる:噴煙が立ち上っている。「竹取物語」にも、富士の噴煙のことが述べられている。富士山の最後の大噴火は江戸時代。
2火の燃え立つ: 活火山の火口上空が、夜間、赤く映える火映という現象であろう
3清見が関:静岡県庵原郡興津町にあった関所。「枕草子」にもとりあげられている。
関屋:関所の番人の詰める家。江戸時代の関所と違って、中央の政変などに備えて、命令によって通交を遮断するのが役目だった。
海までくぎぬきしたり:道路だけでなく、片方の海を通ることもさまたげるため、関所が海に接する所から杭を打ち並べてあったのであろう。
4煙りあふにやあらむ:波がしぶきを立てて、視界がきかなくなったことをいうのであろう。しぶきと関屋の煙が、または富士の煙がまざりあって、という解釈もある。
動詞「煙りあふ」の連体形(準体法)に断定「なり」がついて述語になる、それに推量「む」がつくが、さらに疑問の係助詞「や」をはさんだので、「なり」が連用形「に」になって、補助動詞「あり」があらわれたもの。この全体が挿入句になって、主文の「清見が関の浪も高くなりぬべし」の判断の根拠を推測のかたちで述べている。
1なりぬべし:波が高くなるだろうという推量であるが、さらに完了「ぬ」を使っている。この時の「ぬ」は動き(変化)が完了しているわけではないから、確述の用法。
2田子の浦:静岡県庵原郡由比町から蒲原町にかけての海岸。万葉集以来、歌枕(歌の名所)として有名。
浪高くて:波が高くて、海岸を歩けないので。予想通り波が高くなったが、そうすると海岸ぎりぎりに通っている街道を通れなかったのである。
3大井川:静岡県榛原郡金屋町と島田市の間の大河。江戸時代では、人足が旅人を運んだが、この時代はまだ渡し舟が使えたらしい。
世の常:普通の川の色。
すり粉:米をすった粉。とうぜん、白い。
4流れたり:完了「たり」が使われているが、流れるという動きが続いているのだから、存続の用法。
この部分では、今も記憶に残る名所の情景が描かれている。