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千里眼(「暗黒街ペテンザム」)

イザベラは生まれついての盲目であった。
そして後に、千里眼を手に入れた。
そんなイザベラの、話をしよう。

 

盲目ゆえ、幼くして修道院に入った。イザベラは神に全てを捧げるつもりだった。
目が見えずとも生活出来るようになったのは、ただその為に過ぎなかった。
だが、神学の授業の中、賢者の塔から来た教師が、イザベラの中に魔術の才を見た。
彼は全くの善意から『塔に来るように』と勧めた。
最初、イザベラは断ろうとしていた。
だがある日、修道院の院長が微笑と共に告げた言葉に、とうとう折れた。

「ただ目が悪いというだけで、一生を決めてしまうのは、寂しくはないかしら」

院長の言葉は、むしろ院長自身に向けられているのではないかと感じた。
視力の代わりに、声から感情を読むのは、人よりも上手いイザベラである。
イザベラは、目は見えずとも、走ることが出来る。
だが、院長はもう走れない。イザベラはそれを知っていた。
悩んだ末、イザベラは塔に行くことを承諾した。

塔での生活は悪くなかった。
イザベラは読み書きこそ出来なかったが、目が見えない分だけ耳が良く、また、一度覚えたことは忘れなかった。
イザベラを招いた教師は根気強く、イザベラが暗記するまで魔法を教えた。
彼がイザベラに教えた最初の魔法は、『賢者の瞳』だった。
イザベラが扱うには負担の大きい魔法だったが、イザベラはそれを用いて読み書きを覚え、勉学に励んだ。
いずれ、賢者の瞳を日常的に使いこなせるようになる為。
目標はただそれだけだった。
それ以外、イザベラには何もなかったのだ。

ある日、教師のお供で、イザベラは冒険者の宿という場所へ行った。
冒険者にある仕事を頼むついでに、イザベラにリューンの街や冒険者の酒場というものを『見せる』為でもあった。
賢者の瞳はすぐ効果を失ったが、イザベラの耳は、目と同じほどにものを捉えた。
その時はじめて、目で見るということに興味を抱いた。

彼が訪ねた宿は、《数え歌の夜》亭といった。
かつて彼と同輩であった魔術師の女性が在籍しており、彼にとって冒険者の伝手は大抵その女性と仲間達だという。
畏れと好奇心をもって宿の扉をくぐり、イザベラは彼女達に紹介された。
口々に名乗る声をひとつひとつ記憶する中、やや若い男の声がイザベラに尋ねた。

「あんた、目が見えないのかい」

率直な質問に、イザベラは一瞬驚き、どう答えたものか迷った挙句、小さく頷いた。
すると、何故か彼らは、小声で相談を交わし始めた。

「……ほら、無限の館の奴が前に」
「賛同しかねます。確かに彼はいいものを提供しますが……」
「行ってみてヤバげなものなら、断ればいい……」
「それは無責任な……」
「……どちらにしても、あの子の意志を……」

彼らの会話を、イザベラは断片的にしか聞き取れなかった。 これは、彼らが早口だということもあったが、何より固有名詞が多すぎたことにあった。
ペテンザム。暗黒の街? 聞いたことはある。だが、自分がそれにどう関係するというのだろう。
しばしの相談の後、最初に盲目かと尋ねた声が、ある提案を持ちかけてきた。

暗黒街ペテンザムという町に、盲目に効く薬だかアイテムだかを持っているという男がいる。
それが実際なんなのか、自分達は知らない。だが、もしかしたら、その目が見えるようにしてやれるかもしれない。
盲目を治すといわれる薬の多くは先天的な盲目――すなわち、イザベラのそれには効果がないものだが、件の男は魔術師だ。もしかしたら、ということもあるかもしれない。
望むならば、暗黒街への往復の護衛と、男との交渉を行うが、どうか。

イザベラは途方に暮れ、教師の手を引いた。
すると、教師が、勢い込んだ声でこう言った。

「報酬と、かかった費用は私が持つ。だから、せめてこの子を、その街に連れて行くだけでもしてくれないか」

咳き込んだようなその声に、イザベラの手が少し緩んだ。
先ほどの『声』が聞こえた辺りを見て、イザベラはしばし迷い――
深々と、その頭を下げた。

 

――そして現在、イザベラは、『盲目にして千里眼の魔女』という二つ名を持っている。
イザベラは確かに見る力を手に入れた。
それは、賢者の瞳より遥かに楽に全てを見通すことができた。
少し無理をすれば、魔力すら見通す。これは、なかなか出来ることではない。

だが、今でもイザベラは、かたく双眸を閉ざして過ごしている。

 

千里眼を手に入れた最初の数日は、ただ、喜びと戸惑い、驚きの連続だった。
まず真っ先に、自分に千里眼の話を教えてくれた声の持ち主と、仲間達ひとりひとりの顔を見て、お礼を言った。
その多くが喜びを浮かべ、良かった良かったと背中を叩いてくれた。
だが、ただ一人――イザベラの教師の知己である魔術師の女性は、何処か無表情で、しかしその奥底に憐れむような憂うような、複雑なものを秘めていた。

それから間もなく、その理由を知った。

塔に戻り、イザベラは再び勉学に励んだ。
今度の目標は、自分のように目の見えぬ者を補うような力を、自分も作り出すことだった。
本を読むのも講義を聞くのもずっと楽になった。
長年の癖と、千里眼の力を抑える為にその双眸は閉じたままだったが、イザベラには一切不自由がなかった。
既に、瞼を開くことも必要ではないのだから。

そして、気づいた。
盲目だった頃には見えず、今もまだなお彼女の目のことを知らないものが投げかける視線。表情。
これまで疑いもせず受け取ってきたものが、イザベラを騙す代物であったこと。
例えば、たくさんの食器が並べば、一番汚く小さなものをイザベラに。
例えば、いくつかに切り分けた菓子が並べば、一番小さなものをイザベラに。
例えば、店先で代金を支払えば、ほんのわずか少ないお釣りをイザベラに。

どれもこれも大した罪ではない。
だが、その数はあまりに多かった。
それがイザベラの日常だったのだ。

更に一つ、付け加えることがある。
イザベラの愛用していた辞書に、彼女の知らない悪戯書きがあった。
イザベラがペテンザムに行っている間か、それよりも前か――判別がつかないほどにしっかりと、こう書きなぐってあった。

『出来損ない』
 

声に悪意を感じたことは幾度もあった。
そんなときは声を無視した。
だが、悪意のない声の持ち主から、悪意のある眼差しを向けられていたことまで、見抜くことは出来なかった。

教師は相変わらず、イザベラに対して善良だった。
だがイザベラには、その善性を信じる勇気が残っていなかった。
彼は千里眼を知っている。
そして、あの辞書をくれたのは、他ならぬ彼なのだ。
目は見えても過去は見えず、イザベラの心は乱れるばかりだった。

どうして良いかわからないまま、イザベラは再び《数え歌の夜》亭を訪ねていた。
最初に『見た』彼らに会いたかった。そして、どこか哀しげなあの魔術師に会いたかった。
果たして、かの魔術師はそこにいた。
背筋を伸ばしてカウンター席に腰掛け、僧侶らしい男と共に、何かを飲んでいるようだった。
扉を開け、真っ直ぐに歩み寄り、名前を呼ぶ。
女性が静かに振り返る。
黒く長い髪が背中を滑り落ち、焦げ茶色の双眸がまっすぐにイザベラを見た。

千里眼を用いずとも、彼女がこの未来を見通していたことを、その瞳が物語っていた。
隣に居た僧侶の男も振り返る。フードから覗く灰色の髪に隠れて見え辛いが、何処か困ったような、それでいて優しそうな眼差しで彼女とイザベラを交互に見て、その顔に心配そうな色を浮かべる。

「私達を、恨んでいますか」

彼女は静かに聴いた。
それに対し、イザベラは何も言えなかった。

いつのまにか、涙が零れていた。

 

『眼を移植した時の光景は、二度と忘れられない』と彼女は言った。
彼女は多くを語ろうとしなかったが、凄惨な光景だったようだ。
そういえば彼女達のほとんどは、何故か誰かの血で衣服を汚し、中には泣き出しそうな者まで居た――
 

――今でもイザベラは、かたく双眸を閉ざして過ごしている。
そうして、生まれたときに持っていなかった感覚を、ひとつひとつ、なぞるように確かめてゆく。
幼子が、一歩ずつ歩いて行くように、頼りなく。

千里の彼方を望みながら。

 

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