2.(8)仕訳矢印と残高グラフについての補足

このように、仕訳矢印と残高グラフは仕訳作業に大変役立つツールです。この節では、複式簿記についての理解を深めるため、この両者の関係についてもう少し考えていきます(必要なければ読み飛ばしていただいて構いません)。



資金の入手と利用という時間的流れの矢印で勘定科目と勘定科目を結びつけたものが仕訳矢印でした。勘定科目の数は非常に多いので、代わりに5要素同士で通常あり得る結びつきを残高グラフ上で列挙したのが図13です(※)。組み合わせは13通りですが、どの矢印も始点側が入手(貸方)、終点側が利用(借方)であることは共通です。つまり、「入手が貸方、利用が借方」というたった1つの明確なルールで仕訳へと変換できます。

これとは別に、資金増減の「原因が貸方、結果が借方」であるとする考え方もあります。これは、当てはまる場合と当てはまらない場合があり、結論としては採用しない方がよいと思います。例として、借入金(負債)と現金(資産)の関係を見てみます(図14)。



まず、現金を借り入れた場合は、簡単に説明できます。
「借入金が増えたので(原因)、現金が増えた(結果)」という因果関係は明確で、「原因が貸方、結果が借方」という関係も成り立っています。
問題は、逆に借入金を現金で返済した場合です。
「借入金が減った(返済した)ので(原因)、現金が減った(結果)」という因果関係があるとすると、「原因が借方、結果が貸方」というように逆転してしまいます。かと言って、「現金が減ったので(原因)、借入金が減った(返済した)(結果)」という逆の因果関係も納得しがたいでしょう。
一方、「現金が減って(入手)、借入金が減った(利用)」と考えれば、「入手が貸方、利用が借方」という関係がきちんと成り立っています。
もっとも、「現金が減って、借入金が減った」ことこそが因果関係なのだ、という反論もあるでしょう。入手と利用は取引の二側面なので、当然関係はあります。しかし、この場合の関係とはシーソーの右と左の関係(左が上がったので右が下がった=右が下がったので左が上がった)のような双方向の因果関係で、先ほどから述べているものとは性質が違うのです。この双方向の因果関係を採用してしまうと、仕訳を考えるに当たって何をもって「因果関係」とするのかが曖昧になります。第一、原因と結果が交換可能であるならば、仕訳を考えるヒントになり得ません。
さらに言うと、仕訳によっては双方向の因果関係しか存在しない場合もあります。図13の中の赤い矢印は、資産もしくは負債の中での配分変更(=資金移動)を表しており、先ほどのシーソーの例が当てはまるのです(例えば、定期預金が増えたので普通預金が減った=普通預金が減ったので定期預金が増えた)。

次に、「資金は貸方から借方に流れる」、つまり資金の流れがわかれば仕訳ができる、とする考え方もあります。これは、不正確ではありますが、実用上、大変役に立つ考え方です。「資金の入手と利用」というイメージを、「資金の流れ」という一層具体的なイメージにそのまま置き換えても、何も問題は生じません。ただし、実際に資金が流れるのは、図13で言えば赤い矢印の仕訳だけであることは知っておいた方がよいかもしれません。また、例えば現金を借り入れたことを「借入金から資金が流れ出て現金に流れ入った」とイメージすると、現金が増加するのはよいとしても借入金も増加することに違和感を感じることになるでしょう。

最後に、「増加ならば貸借対照表・損益計算書に記載されている位置と同じ側に、減少ならばそれとは反対の側に」、とする考え方について取り上げます。これは正しい考え方なのですが、少々ややこしいのと、これ自体ではその正しさを説明できないのが難点です。説明できなければ、「そう決まっているのだから、そのように覚えましょう」ということになってしまいます。ではなぜ「正しい考え方」なのかというと、「借方=資金の利用」「貸方=資金の入手」であることを前提とすれば説明が可能だからです((4)節で既に述べました)。残高グラフと仕訳矢印でも説明できます(図13の仕訳矢印で、「+」が増加、「−」が減少を表しており、資産・費用では、利用はすべて「+」、入手はすべて「−」に、 負債・純資産・収益では、入手はすべて「+」、利用はすべて「−」と結びついています)。
であれば、「資金の入手と利用」(または「資金の流れ」)のイメージを使って仕訳を考える方がずっと早くて簡単です。

以上をまとめると、繰り返しになりますが、「借方=資金の利用」「貸方=資金の入手」と考えることで、日々の仕訳がより簡単になるとともに、複式簿記の仕組みを筋道立てて整理することが可能になるのです(学問的な正確さを保証をしているわけではなく、あくまでも実用上の話です)。


※ これらの中で、収益と費用の直接的な組み合わせがないことに注意してください。(2)節で、白色申告では収益と費用について単式簿記で記録をする、と述べました。もし収益と費用の間に取引の関係あるのならば、その二側面である利用と入手について複式簿記で記録することが可能なのですが、関係がない以上、単式で記録するしかないのです。



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