2.(9)元入金・事業主貸・事業主借

個人事業の複式簿記では、元入金・事業主貸・事業主借という独特な勘定科目があり、重要な役割を果たしています。それらの意味はなかなか理解しがたいのですが、ここまで読んでくださった方であれば、その本質をしっかりと掴んでいただけると思います。

事業を始めるに当たって、さし当たって300万円の現金が必要だとしましょう。そのうち100万円は誰かから借り入れできる当てがあるとすると、残りの200万円が事業主自身で用意しなければならない分です。この200万円が元入金です。つまり元入金とは「(はじ)めに事業主から手した資」であり、帳簿上に登場するのは、開業の時と、前年からの繰り越しの時(=1月1日)だけです。次の図は、開業時の残高グラフです。  



数日後、現金が300万円では足りない見通しとなり、事業主があと50万円を追加で用意することになったとします。この場合は、事業主自身が用意するという点で先の200万円と変わらないのに、元入金ではなく負債の勘定科目である「事業主借」(=事業主から借りた資金)を使います。これは、「元(はじ)め」の資金である元入金が期中に増減するのは好ましくなく、貸借対照表で期首と期末の元入金は同額とされているためです(国税庁「貸借対照表作成の手引き」)。
「事業主借」は、このように運転資金を追加する場合だけでなく、事業用の文房具代や電気料金などを事業主個人が肩代わりして支払う場合にも使います。これらは、「事業のために使われている事業主個人の資金」であるという点で元入金と全く同じなので、翌期首には元入金に合算されます。その様子を、残高グラフで見てみましょう(図16)。この例では、期中に50万円の追加元入れと、75万円の現金仕入れ・75万円の現金売り上げがあったと仮定しています。



図から、
@ 今期の元入金 + 事業主借 = 翌期の元入金
という式が成り立つことがわかります。

次に、事業主個人の生活費が足りなくなって、事業用の現金から取り崩す場合を考えてみます。事業用の資金が事業主個人へと戻るのですから元入金の減額となるわけですが、先に述べたのと同じ理由で、元入金ではなく資産の勘定科目である「事業主貸」(=事業主へ貸した資金)を使います。
「事業主貸」は、このように運転資金を取り崩す場合だけでなく、自宅兼事務所の電気料金などを事業資金から支払う場合にも使い、翌期首には元入金から減額されます。その様子を、残高グラフで見てみましょう(図17)。この例では、期中に50万円の取り崩しと、75万円の現金仕入れ・75万円の現金売り上げがあったと仮定しています。



図から、
A 今期の元入金 − 事業主貸 = 翌期の元入金
という式が成り立つことがわかります。

最後に、期中の事業主個人との資金のやり取りはなく、75万円の現金仕入れ・125万円の現金売り上げがあったとします。この場合は、125万円 ― 75万円 = 50万円の所得があり、資産(この場合は現金)が50万円増えたことになります。元入金は、資産から負債を差し引いた正味の資産(純資産)であるという意味もありますので、翌期首にこの所得が合算されます。その様子を、残高グラフで見てみましょう(図18)。



図から、
B 今期の元入金 + 所得 = 翌期の元入金
という式が成り立つことがわかります。

ここまで、事業主借の合算・事業主貸の減額・所得の合算という3つの場合を見てきましたが、通常これらは同時に起きることがらなので、3つの式を合わせた
今期の元入金 + 所得 + 事業主借 − 事業主貸 = 翌期の元入金
という式を使うことになります。
もっとも、会計ソフトを使っていれば、この計算は自動的に行われます。本ソフトウェアでも、フリー版では前期の貸借対照表を入力することで、またプレミアム版では前期のファイルを読み込むことでも自動計算されます。




ホーム