2.(4)貸借対照表と損益計算書
前節までに、2つの残高グラフを紹介しました。1つは 収益・費用と所得の関係、もう一つは資産・負債・純資産と所得の関係を表していました。この2つを、図4のように組み合わせてみましょう。

このとき、所得は省いて残りの要素を組み合わせることと、左の残高グラフを半回転させるイメージで(収益と費用を逆にして)右の残高グラフに組み合わせることに留意してください。そうして組み合わせた結果が図5です。

この図の黒い線より上は青色申告で用いる貸借対照表、下は損益計算書に相当します。なお、この図は各要素間の関係を表す「簿記の5要素」図とよく似てはいますが、各要素の残高をもグラフとして数量的に表現していることに注意してください。
もとの2つの残高グラフにおいて所得金額は同額なので、新たな残高グラフの左(資産・費用の残高の合計)と右(負債・純資産・費用の残高の合計)も同額となります。そして、期末に求められる所得金額を、期中の任意の時点での損益と置き換えても各要素間の関係は変わりませんので、左右同額という関係は期中のどの時点においても成り立ちます。
次に、 資産・負債・純資産・収益・費用の各要素の性質を考察しながら、この残高グラフの見方を深めていきましょう。
資産は、事業用資金の運用状況を表します。資産は、現金・普通預金・商品・建物・車両運搬具・事業主貸・売掛金などの項目に細分化されます(これから説明する複式簿記ではこれらの項目のことを勘定科目と言います)。
負債は、事業用資金の調達状況を表します。負債は、買掛金・借入金・預り金・事業主借・買掛金などの勘定科目に細分化されます。
純資産は、先述のように資産から負債を差し引いた正味の資産のことですが、個人事業においては元入金と呼ばれます。元入金は、事業を始めるに当たって事業主が用意した運転資金であり、負債と同様、事業用資金の調達状況を表します。なお、元入金およびそれに類する事業主貸(資産)・事業主借(負債)の意味と相互関連を理解することは、個人事業の複式簿記ではきわめて重要なので、後ほど改めて解説します。
収益は、純資産の増加原因であり(※)、事業用資金の獲得を表します。収益は、売上高・家事消費等・雑収入などの勘定科目に細分化されます。
費用は、純資産の減少原因であり(※)、事業用資金の消費を表します。費用は、仕入高・水道光熱費・広告宣伝費・給料賃金などの勘定科目に細分化されます。
貸借対照表中の3要素(資産・負債・純資産)の各残高は、開業以降の一回一回の取り引きによる増加と減少を差し引きしながら累積した金額であり、ある時点で存在する財産(3要素をまとめて「財産」と呼ぶことにします)の貯蔵量(ストック)を表します。(「ストック」はよくプールの貯水量に例えられます。)
一方、損益計算書中の2要素(収益・費用)の各残高は、期首を0円としてある時点までの一回一回の取り引きによる増加と減少を差し引きしながら累積した金額であり、その期間に財産に出入りした量(フロー)を表します。(先ほどのプールの例を用いると、「フロー」はプールに出入りした給水量と排水量に当たります。)
このように貸借対照表と損益計算書では記載されている金額の意味合いが異なる(「○○円ある」と「○○円入出金した」の違い)わけですが、個々の取り引きによる各要素の増減額について見ると、どれも「○○円増えた(減った)」という事実を表す点では違いはありません。
複式簿記は、一回の取り引きを借方(左)と貸方(右)の一組で記帳します。その仕組みは後ほど詳しく述べるとして、「借方=資金の利用(put)」「貸方=資金の入手(get)」(※※)、つまり一回の取り引きの二側面である資金の利用を左、入手を右に一組で記録することだと考えてみましょう。すると、一回の資産・費用の増加(=資金の運用・資金の消費)は資金の利用のことであり、一回の負債・純資産・収益の増加(=資金の調達・資金の獲得)は資金の入手のことであることから、それらの累積額を表す貸借対照表と損益計算書の中で、前者が借方(左)に、また後者が貸方(右)に位置付く理由の説明がつきます(図6)。

もっとも、各要素はいつも増加するわけではなく、減少することもあります。資産を減らして負債を減らす(例えば、定期預金を解約して借入金を返済する)ことは、「資産から入手した資金を負債の返済に利用する」ことだと考えられるので、資産が「貸方=資金の入手」、負債が「借方=資金の利用」に記録されます。つまり、資産だから借方、負債だから貸方などと固定しているわけではないのです。それでも貸借対照表と損益計算書の中で左右が固定しているのは、増加が減少よりも多く、残高(増加から減少を差し引いた残り)がプラスになることを前提としているためと考えてよいでしょう。実際、ストックの残高がマイナスになることは殆どない(例えば、現金がマイナスになることは絶対にない)ですし、フローの残高がマイナスになる(例えば、今年の売上が全くなくて、昨年売り上げた商品が大量に返品されてきた)のは例外的なケースです。
※ 収益の増加は資産の増加原因となり(例えば、売上があったので現金が増えた)、稀には負債の減少原因にもなります(例えば、売り上げたお金で借入金を相殺した)。資産の増加と負債の減少は正味資産の増加原因となりますので、収益は純資産の増加原因を表すとも言えます(収益は取り消されて減少する場合もあり、そのときは純資産の増加分から差し引かれます)。
また、費用の増加は資産の減少原因となり(例えば、仕入をしたので現金が減った)、負債の増加原因ともなります(例えば、仕入をしたので買掛金が増えた)。資産の減少と負債の増加も正味資産の減少原因となりますので、費用は純資産の減少原因を表すとも言えます(費用は取り消されて減少する場合もあり、そのときは純資産の減少分から差し引かれます)。
(3)節で、所得金額を求める方法には次の2通りがあることを述べました。
@ 所得金額 = 年間の収益 − 年間の費用
A 所得金額 = 期末の純資産 − 期首の純資産 = 純資産の増減
収益と資産の性質に基づいて@の式を書き直すと、
@ 所得金額 = 年間の収益 − 年間の費用 = 純資産の増加 − 純資産の減少 = 純資産の(正味の)増減
となり、結局Aと同じ式になります。
※※ 適当な用語がどうしても思い浮かばないため、以下では「入手」「利用」という用語を使います。英語ならば、get・put という便利な単語があるのですが・・・。
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